第二話 カシウスの誓い

アスカ・ブライト ~茜空の軌跡~ FC
第一章『父、旅立つ』
第二話 カシウスの誓い


 

<リベール王国 川蝉邸>

「カシウスさんは、どうして僕達を助けてくれたんですか?」
「まあ、遊撃士としての職務だからな」
「遊撃士?」

シンジが困惑した顔でカシウスに尋ねると、カシウスも困惑した顔になる。

「遊撃士を知らないのか?」
「はい、初めて聞く言葉です」
「遊撃士協会はリベール王国はもとより、周辺の国々にも存在する組織だが……お前さん達よっぽど遠くから来たのか?」
「それは分からないですけど、この辺の景色に見覚えが無い事は確かです」
「遊撃士と言うのは、民間人を保護して安全を確保する事を最優先にしているんだ」
「へえ、警察みたいなものですか?」
「警察? ああ、クロスベルにある組織の事か。そうだな、職務が似たような部分はあるな」

カシウスとシンジが話をしていると、ベッドで寝かされていたアスカが目を覚ます。

「う、うーん……」

寝起きの悪いアスカは、焦点の定まらないしばらく辺りを見回し、カシウスの姿を見ると人差し指を突き付けて叫ぶ。

「あーっ、人さらい!」
「酷い言われようだな」
「アスカ、この人は僕達を助けて保護してくれたんだよ」

シンジがそう言っても、アスカは聞く耳を持たない。

「きっとアタシ達を拷問にかけてエヴァの秘密を強引に聞きだすつもりよ」
「そんな!」
「アタシ達に手を出したらネルフが黙っちゃいないわよ!」
「やれやれ」

アスカがカシウスに向かってそう言い放つと、カシウスは困った顔でため息をついた。
その直後、カシウスは階下の気配に気が付いたのか、真剣な表情に変わる。

「シンジ、2人で兵士に捕まって牢屋にぶち込まれたくなかったらその子を押さえて隠れていろ」
「はい」
「何よ、まだ言いたい事が……!」

カシウスの口調に鬼気迫る物を感じたシンジは、今までに無い力強さでアスカを強引にベッドの影に押し込んで口を押さえた。
部屋のドアがノックされ、兵士が部屋へと入って来る。

「これはカシウスさん」
「よお、慌ててどうしたんだ?」
「今朝、ヴァレリア湖に巨大な物体が墜落した事件はご存知ですか?」
「ああ、宿屋の主人から聞いた」
「珍しいですね、カシウスさんならすぐに現場に駆けつけて軍と顔を合わせていると思ったんですが」
「そうだな、ああいう手合いは軍に任せた方がいいと思ってな。遊撃士の仕事は民間人の保護が最優先事項だしな」
「普段からそうだとモルガン将軍の機嫌も損なわれずに助かります」
「ははは、考えておくさ。それで、わざわざ俺を尋ねて来たわけは?」
「はい、ヴァレリア湖に落下した巨大な物体は2体とも入口が開いており、中には人が乗れるような操縦席がありました」
「ほう、じゃあお前さん達はその操縦席に乗っていた人間を探しているのか」

カシウスがそうつぶやくと、シンジとアスカは体を震わせた。

「ええ、ですからボートで脱出してこの辺りに潜伏しているのではないかと捜索をしているわけです」
「それでこの川蝉邸にも来たわけか」
「はい、ですからこの部屋も調べさせていただきたいと……」

兵士の言葉を聞いたシンジとアスカは心臓が止まる思いがした。

「待て待て、調べる所が間違ってはいないか?」

兵士が部屋に踏み込もうとすると、カシウスはそれを制止した。

「どういう事ですか?」
「ボートで逃げたとは限らないじゃないか」
「やっぱりカシウスさんもそう思われますか!」

カシウスがそう言うと、兵士は嬉しそうにそう叫んだ。

「ん、どうかしたのか?」
「これは失礼を。実は私もあの巨大な物体に乗っていた人物は湖を泳いで逃げて行ったものだと考えているのです」
「どうしてそう思うんだ?」
「我々も、あの巨大な物体を操縦する事が出来ないかと考えたのですが、操縦席はオレンジ色の血の匂いのする液体で満たされており、不可能でした」

兵士の言葉を聞いたカシウスはかすかに笑いを浮かべた後、大げさに慌てるような表情を作って兵士に告げる。

「きっと、中に乗っていたやつらは伝説の半漁人のようなやつに違いない! ここにこだわるよりも湖の周辺をくまなく探して足跡などが無いか探した方が良いぞ」
「はっ、カシウスさん、素晴らしい助言をありがとうございます!」

兵士はカシウスに敬礼をして部屋の外に出て行った。
そして、川蝉邸の中に居る兵士達に湖の岸辺の足跡を探すように命じたのか、一気に兵士の気配が消えた。
すっかり静かになると、カシウスは安心したようにため息をもらした。
そして、ベッドの影に隠れているシンジとアスカに呼びかける。

「おい、もう大丈夫だぞ」

シンジとアスカはゆっくりと頭を上げた。

「俺にとっても意外だが、兵士達はすっかり半魚人が乗っていると思い込んでくれたようだな」

カシウスはとても嬉しそうな顔でシンジとアスカに呼びかけた。

「どうして、アタシ達をかくまったのよ? 兵士達にばれたらアンタもただじゃ済まなくなるんでしょう? それに、アタシ達が国の安全を脅かす危険な存在とか、考えたりしないの?」
「いや、俺にはお前さん達が絶対に悪いやつらだとは思え無くてな」
「どうしてですか?」
「俺にも、お前さん達と同じ年頃の娘と息子が居てな。兵士達に引き渡すなんてとてもじゃないが耐えられなかった」

カシウスはそう言って、シンジに視線を送り、隣に居るアスカを見つめた。
アスカはカシウスが自分を優しく、そして悲しげな目で見つめているのに気が付いた。
それはまるで娘を気遣う父親のように感じられた。
アスカ自身は父親の顔を覚えては居ないと言うのに。

「お前さんも名前を教えてくれるな?」
「……アスカ」

照れ臭い気分になったアスカは、顔を背けてそう答えた。

「そうかよろしくな、アスカ」

カシウスは困った顔になりながらも笑いを浮かべてアスカに話しかけた。
シンジはほっとしたように胸をなで下ろした。

「それでお前さん達、これからどうするんだ?」
「僕達は、ネルフに戻らないといけないんです」
「ネルフ? 何だそれは、どこにあるんだ?」
「第三新東京市ですけど、カシウスさんはご存じありませんよね」
「ダイサンシントウキョウシ? カルバード共和国辺りの街か?」
「やっぱり……」

シンジは頭をひねりつづけているカシウスの姿を見て、ため息をもらした。
そして、隣に居るアスカに問い掛ける。

「電話も無いだろうし、どうやってネルフに帰ろう?」
「……アンタだけで勝手にネルフに帰りなさいよ」
「アスカ?」
「もうネルフに戻ってもアタシの居場所なんて無いのよ!」
「どうしてそんな事を言うんだよ」
「アタシが命令違反したせいで弐号機だけじゃ無くて初号機も使徒に飲み込まれちゃったのよ。それに、ミサトはアタシを……」

アスカはそう言って悔しそうに顔を震わせた。
弐号機が使徒に飲み込まれる直前、ミサトは初号機に弐号機の腕を離して撤退するように命令していた。
もちろん、それは正しい事だとは理解している。
しかし、アスカは見捨てられたと感じているのだと、シンジにも分かった。

「分かった、じゃあ僕もネルフには戻らない」
「シンジ?」

シンジがアスカの手をつかんでそう断言すると、アスカは驚いた顔をしてシンジを見つめた。

「……2人とも帰る当てが無いのなら俺の家に来ないか?」
「カシウスさんの家ですか? でもご迷惑に……」
「気にするな、家族が1人増えようと、2人増えようと、3人増えようと変わらん」
「3人?」

カシウスの言葉にシンジは頭をひねって聞き返した。

「ああ、俺の息子はな、血は繋がって居ないんだ。3年ぐらい前に遊撃士の仕事の関係で家に住まわせている。でも、今は俺は息子同然だと思っている」
「それって、僕達がカシウスさんの家族になるってことですか?」
「どうだ?」

カシウスに言われたシンジは、カシウスに飛びつき抱きついた。
自分の実の父親であるゲンドウに抱きついた事など一度も無い。
シンジの目の前に居るカシウスは、本当の父親以上に父親を感じさせるものだった。

「よろしくおねがいします……」
「アスカはどうする?」

カシウスに尋ねられたアスカは顔を赤くしながらゆっくりとカシウスに近づき抱きつく。

「気に入らなかったら、すぐに家を出て行くからね!」
「そうか、失望させないように頑張らないといけないな」

抱きついて来たアスカとシンジの頭を撫でながら、カシウスはもう一言つぶやく。

「もう2度とお前達に悪夢は見させないからな……」


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