第六話 初めての夜、心、開いて

 アスカ・ブライト ~茜空の軌跡~ FC
第一章『父、旅立つ』
第六話 初めての夜、心、開いて


 

<ロレント地方 ブライト家 エステルの部屋>

「それにしても、女っ気の無い部屋ね……」

アスカはエステルの部屋を見回してため息をついた。
ベッドには麦わら帽子が出っ張りに引っかけられ、虫取り網が立て掛けられている。
近くの戸棚にはスニーカーが並べられていて、まるで部屋の主は少年のようだ。
部屋の奥には立派な鏡台があるものの、側には棒術用の武器が立て掛けられている。
その反対側には花を活けた花瓶と洋服がしまわれているタンスがあった。
しかし、タンスの上にはビックリ箱のようなおもちゃが置かれていたのだった。
良く見ると、床にもおもちゃのようながらくたが転がっている。

「まあ鏡台とタンスはなかなかのものじゃない」
「母さんの形見なんだ」
「そうなの、嫌な事聞いちゃったわね」
「別にいいよ」

アスカが謝ると、エステルは首を横に振った。

「着替えはタンスの中に入っているあたしの服を使っていいから」
「そう?」

どうせ田舎者丸出しの服だろうとタンスの中をみると、可愛いデザインの服やスカートなどが揃っているのにアスカは驚いた。

「父さんが女の子らしくしろって服を買ってくるんだけど、あたしは外ですぐに汚しちゃうからさ、あんまり着てないんだ」
「もったいないわね」

服やスカートにも興味をそそられたがもう寝る時間なので、目的はシャツや下着類だ。
見慣れた感じの下着類が目に入ると、アスカはホッと息をもらした。
次の問題はサイズだ。
アスカは自分のプロポーションには自信を持っている。
同年齢の女子より優れていると思っていた。
エステルに子供っぽい印象を受けていたアスカは下着を付けてみて驚いた。

「アタシとサイズがピッタリ同じじゃない」
「よかった」

アスカは隣に居るエステルの体をしっかりと見つめた。
改めて見るとエステルのスタイルもかなり良いものだった。

「そっか、アタシだけが特別な存在じゃないのね」

アスカは日本に来てから優越感に浸っていた自分の姿を思い返した。
ここはもう日本ではないのだ。
そしてドイツも存在しない。
スタイルや学歴に高いプライドを持っていた自分を恥じてアスカは考えを改める事にした。

「そうだ、失礼ついでにちょっと聞いて良い?」
「何?」
「エステルはどうして遊撃士になろうと思ったの? ほら、夕食の時に聞きそびれたから」

アスカがそう尋ねると、今まで笑顔を浮かべていたエステルの顔がたちまち暗くなった。
初めて見るエステルの辛そうな顔。
自分の質問は地雷を踏んでしまったのだと、アスカは悟った。

「……あたしのせいで、母さんが死んじゃったからなんだ」

驚いて言葉も出ないアスカを前にしてエステルは話し続けた。
エステルが小さい頃、百日戦役と言うリベール王国とその北にあるエレボニア帝国の間で戦争が起きた。
突然の帝国の侵攻に、帝国に近いリベール王国の領土の3分の1近くがあっという間に占領された。
しかし、リベール王国軍のモルガン将軍が小型戦闘飛行艇を使った電撃作戦を展開。
ボース地方とロレント地方を占領していた帝国軍を孤立させ、包囲する事に成功した。
そして終戦間際。
好奇心旺盛だったエステルは、攻めて来た帝国軍の兵士達の姿を見ようと、街の住民たちの避難所を抜け出しロレントの街の中央にある時計台に登ってしまったのだ。
エステルが居なくなった事に気が付いた母親のレナは慌ててエステルを連れ戻そうと時計台を駆け上る。
追い付いたレナが時計台の屋上でエステルを抱きしめた時、悲劇は起こった。
包囲された帝国軍の兵士は街のシンボルである時計台に当然猛砲撃を加えたのだ。
崩れ落ちる時計台。
時計台ががれきの山と化した時、レナは崩れ落ちるがれきからエステルを守るように抱きしめていた。
レナの背中にのしかかった重いがれきは今にもレナをエステルと一緒に押し潰そうとしていた。
レナに守られたエステルは傷一つなかった。
エステルはレナの胸の中で泣きながら一緒に行こうと訴えかけたが、レナは足をがれきに挟まれていて動けなかった。
気が付いて急いで駆け付けたカシウスにレナは胸の中のエステルを預けた。
すると、すぐにがれきは大きな音を立ててきしみ、レナの体を押しつぶした。
エステルは母親の死を目の前で見てしまったのだ。

「あたしが言い付けを破って時計台に行かなければ! 母さんは死なずに済んだのに、父さんはこんなに悲しまずに済んだのにって思った。父さんは自分を責めるなって言ったけど、あたしも何か償いみたいな事をしてみたくなったんだ」

エステルの話を聞き終えたアスカは強いショックを受けた。
そして、目の前に居るエステルにシンジにも話した事の無い自分の本心をぶちまけたい気持ちになった。
目に涙を浮かべながらアスカはエステルに向かって話し始める。

「あのね、アタシもエステルに話したい事があるの」

そういってアスカは自分の母親である惣流=キョウコ=ツェッぺリン博士の事を話し始めた。
キョウコ博士はアスカが生まれる前からエヴァンゲリオンの研究をしていた。
小さい頃のアスカは研究に忙しくあまり顔を合わせる事は無かったものの、会えた時は優しい母親に甘えるママっ子だった。
母親と2人でヒマワリ畑でかくれんぼをして遊んだりもしていた。
しかし、そんなアスカの幸せな日々を打ち砕く不幸が訪れる。
エヴァンゲリオン実験機に被験者として乗り込んだキョウコ博士は、実験の失敗により精神に異常をきたしてしまう。
病院に入院したキョウコはぬいぐるみをアスカと思い込んでしまい、本物のアスカは赤の他人だと思うようになってしまった。
目の前でぬいぐるみを赤ん坊のようにあやす母親を見て、アスカは深い悲しみに襲われた。
アスカはキョウコが自分を見てくれるように必死に話しかけたが、その努力もなかなか通じなかった。
そんなある日、アスカは人類を救うと言うエヴァンゲリオンのパイロットに選ばれたと周りの大人達から知らされた。

「ママ、聞いて聞いて! アタシ、世界を救うエヴァンゲリオンのパイロットに選ばれたの! だから、アタシをほめて、アタシを見て!」

そう言って母親の病室に飛び込んだアスカが目にしたのは首を吊って自殺をしていた母親の姿だった。
キョウコは自分の娘だと思い込んでいたぬいぐるみの首をナイフで刺していた。
アスカはキョウコが自分を道連れに死ぬつもりだったと知るとさらにショックを受けた。

「アタシは、ママがいつか元の優しいママに戻るって信じていたのに、最悪な形で裏切られたのよ……」

アスカの話を聞き終わったエステルは、アスカの痛い胸の内が自分の事のように感じられた。

「あたしはたまに見ちゃうんだ、目の前で母さんががれきに押しつぶされて死んじゃう夢」
「アタシもドアを開けたら部屋の中でママが首を吊って死んでしまっている夢を見てしまう事があるわ」

エステルとアスカは顔を見合わせてそんな事を言い合った。

「ねえ、だから今夜は……」
「うん、ギュッとすればそんな夢は見なくなるかも」
「じゃあ、アスカが奥で良いよ」
「わかったわ……」

アスカが先にベッドに横になり、壁に背を付けてエステルを迎え入れるような体勢になった。
そのベッドに飛び込むようにエステルがアスカの隣へと入った。

「この狭さじゃ、仰向けになって寝れないわね」
「うん、でもアスカは温かいよ。それに柔らかくて気持ちいい」
「ちょっと、揉まないでよ」
「ごめんごめん」
「だけど今まで一番安心して眠れそうね」
「あたしも」

アスカとエステルは幸せそうな表情で眠りにつくのだった。

<ロレント地方 ブライト家 ヨシュアの部屋>

ヨシュアの部屋を見回したシンジは部屋の中の物が隅々まで片付けられている事に驚いた。
部屋には必要最低限の物しか無い。
例外として、ヨシュアの趣味である本が置いてある本棚と短剣の手入れ用の道具があったが、本棚は整理されていて、手入れ用の道具はピカピカに磨きあげられていた。

「ヨシュアって、きれい好きなんだね」
「……習慣として身についているだけだよ」

殺風景な部屋の雰囲気を和らげるように観葉植物が植えられた鉢があったがそれ以外は何も無い。
シンジの興味を引くものと言えば本棚ぐらいだ。

「本を読ませてもらっていいかな?」
「構わないけど」

ヨシュアの本棚に納められていた本は、刃物に関する技術書、それと薬草などに関する医術書、戦争に関する歴史書、戦略書と実用的なものばかりだった。
しかし、その中で異彩を放っていたのは推理小説だった。

「ヨシュアって推理小説が好きなんだね」
「別に、そんな事無いよ」

シンジが笑うと、ヨシュアは少し照れくさそうにそう答えた。
ヨシュアが自分に初めて作り笑い以外の感情のこもった表情を見せてくれた気がして、シンジは嬉しかった。

「ヨシュアがベッドで寝なよ、僕は居候なんだから床でいいから」
「いや、君は慣れない環境で疲れているだろうから、ベッドで休んだ方がいい」

何度か同じやり取りを繰り返すうちに、ヨシュアはシンジに苛立ちを感じていた。
自分の部屋に他人が居ると言うだけで、自分の縄張りを侵された気がしてヨシュアは落ち着かなかったのだ。
やっとベッドで寝る事を受け入れたシンジに、ヨシュアは疲れた顔でため息をついた。

「ねえ、エステルってとても明るい子だよね」

ベッドに横たわったシンジの言葉を聞いたヨシュアはシンジに軽く怒りを覚えた。
ヨシュア自身は聞かれたら否定するだろうが、やはりエステルに恋心のようなものを持っていたのだ。

「何か、太陽みたいな子だ」

さらにシンジがつぶやくと、ヨシュアはその通りだと思った。
生物が生きて行くためには太陽が必要だ。
人間もその例外ではない。
その太陽を奪おうとする敵が居るなら、排除の対象となる。
ヨシュアはシンジを呪い殺すかのような鋭い視線をシンジに送った。

「ヨシュアはエステルの事が好きなの?」

突然シンジに聞かれて、ヨシュアは驚いた。
動揺を悟られないように深呼吸してからヨシュアはシンジの問い掛けに答える。

「僕は誰かを好きになる感情なんて、持ち合わせていないよ。そんなのはとうの昔に捨てて来てしまったよ」

口に出してからヨシュアは自分が余計な事まで言ってしまった事に気が付いた。
しかし、シンジの返事はヨシュアにとって意外なものだった。

「うん分かるよその気持ち。悲しい事や辛い事があると、他人事のように感じて受け流すしかないんだよね」
「君も、辛い事があったのかい?」
「僕は小さい頃に母さんが居なくなってから、父さんにも捨てられて親戚の伯父さん夫婦の家に預けられたけど、そこでの生活は孤独そのものだったよ」

ヨシュアはシンジはただの気の弱い子供だと思っていたが、少しシンジに対する見方を変えた。
自分と同じような境遇に居るのだとヨシュアは少し親近感を覚えた。

「でも、感情を失くしてしまったはずでも、女の子を好きになるって気持ちは残っているんじゃないかな」

もしかして、シンジはエステルに恋心を抱いてしまったのではとヨシュアは焦った。
自分はエステルの相手にふさわしい人間ではないと自覚して居ても、他の男にエステルを奪われるのは我慢ができなかった。

「僕もアスカの事が好きになっちゃったみたいだから、きっとヨシュアもエステルの事が好きなのかなって」

シンジの言葉を聞いたヨシュアは心の底からホッと安心すると同時に、頭の中で計算を始めた。
シンジがアスカと結ばれてしまえば、シンジはエステルに恋をしてしまう可能性は無くなる。

「僕にどこまでできるかは分からないけど、僕も君がアスカと上手く行くように協力するよ」
「ありがとうヨシュア、心強いよ」

ヨシュアの打算的な申し出とは知らずに、シンジは素直に感激して喜んだ。

「それと僕は、アスカを守れるほど強い人間になりたいんだ。遊撃士を目指そうと思ったのはそう言うわけもあるんだ」

シンジの言葉を聞いたヨシュアの目が光を放つ。
ヨシュアはシンジとアスカのような守る対象が増えるのはうんざりだった。
しかし、シンジが足手まといにならない程度に強くなってくれれば自分が護衛で手を焼く事も無い。
そう考えたヨシュアは快くシンジに返事をする。

「うん、僕に教えられる事なら何でも」
「本当にありがとう」

シンジはヨシュアの言葉に感激して再度お礼を言う。
こうしてアスカとエステル、シンジとヨシュアの姉妹兄弟としての生活が始まるのだった。

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