第五話 アスカの青い瞳の輝きを曇らせていたものは

アスカ・ブライト ~茜空の軌跡~ FC
第一章『父、旅立つ』
第五話 アスカの青い瞳の輝きを曇らせていたものは


 

<ロレント地方 ブライト家 ダイニングキッチン>

エステルによるブライト家の中の案内も終わり、ダイニングキッチンに戻ったシンジとアスカは、テーブルを挟んで向き合うように座らせて待たされた。
椅子の数が足りないのでカシウスは自分の部屋から持って来ていた。
エステルは台所で夕食を作ろうとフライパンと奮闘していた。

「5人で食べるなんて初めての事かもしれんな。こんな賑やかな日々がこれから続くと思うと、父さんは嬉しいぞ。なんせシェラザードが居なくなってから寂しさを感じていたからな」
「そういえば、シェラザードさんはルーアン支部の推薦状をもらったと聞きましたが」
「ああ、ツァイス支部に転属されたそうだ」

ヨシュアの言葉にカシウスはそう答えた。

「シェラザードさんって誰ですか?」
「えっと、父さんの指導を受けて準遊撃士になった人だよ。小さい頃からエステルのお姉さん代わりをしてたみたいで、去年までは家に良く顔を出していたんだ」

シンジの質問にヨシュアが答えた。

「シェラザードは遊撃士の資格を取るために準遊撃士としてリベール王国の遊撃士協会を回っているんだ」
「準遊撃士って何ですか?」
「16歳になると遊撃士協会の試験を受ける事が許される。しかし、その試験に合格してもなれるのは準遊撃士。まだ見習いに過ぎん。リベール王国にある全部の遊撃士協会に活躍を認めてもらい、推薦状をもらってやっと正遊撃士になれるのさ」
「へえ、遊撃士って凄いんですね」

シンジが感心したように息をついた。
そこに料理を持ってきたエステルが口を挟む。

「軍をクビになった父さんが出来るんだから、そんなたいした事無いんじゃない?」
「エステル、そんな事言っちゃダメだよ。父さんは大陸に数人しか居ないSランクの遊撃士なんだから」

ヨシュアの言葉にエステルは不思議そうに首をかしげる。

「あたしには信じられないのよね、不良親父がSランクだなんて」
「ほら、お前は料理に戻った戻った」

カシウスはエステルを追い払うように台所へと下げさせた。

「あの、遊撃士って護衛をする仕事なんですか?」
「まあ民間人の保護を憲章に掲げてはいるが、それ以外にも人々の依頼をこなすのが主な仕事だな」
「依頼……ですか」
「軍の兵士や警察は治安を守るために働いているが、それだけでは行き届かない事があるだろう? 護衛はもちろん、輸送、調達、調査……いろいろと人々の役に立てる仕事だな」

カシウスの話を聞いたシンジは目を輝かせてさらに尋ねる。

「遊撃士になるには、どんな事をしたらいいんですか?」
「何よシンジ、遊撃士になりたいの? シンジが遊撃士になってもせいぜい街の道案内ぐらいが関の山よ」

シンジの言葉を聞いたアスカは吹き出すように笑った。

「じゃあ、アスカはこのまま自堕落な生活を送って無職にでもなれば?」

ムッとしたシンジがそう吐き捨てると、アスカはカチンとした表情になる。

「む、無職ですって!? アタシはね、ドイツの大学を出ているんだから、シンジとは頭の出来が違うのよ」
「学歴なんてこの世界じゃ何の役にも立たないじゃないか」
「言ったわね! じゃあ、アタシはシンジを超えるエース級の遊撃士になってやるわよ!」
「はっはっはっ、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

シンジとアスカの言葉を聞いて、カシウスは嬉しそうに微笑んだ。
そこへ残りの料理を終えたエステルが料理を運んでくる。

「あたしとヨシュアもね、父さんの指導を受けて遊撃士になりたいと思ってるの」
「パパに憧れて?」
「ちょっと、違うんだけどね」

アスカの質問に答えたエステルの笑顔が少し陰った。

「さあ、冷めないうちにエステル会心のオムレツを食べようじゃないか」

そんなエステルを気遣うようにカシウスは話題を変えた。

<ロレント地方 ブライト家 テラス>

夕食を食べ終えた後、アスカは夜風に当たると言ってシンジと一緒にテラスへと出た。
導力による街の照明があるとは言え、第三新東京市程ではないのだろう。
綺麗な星空が空に広がり、周りを囲む森の木々を撫でる風の音、虫の声が辺りを満たしていた。

「本当に僕達は今までとは違う世界に来てしまったんだね」
「……そうみたいね」

アスカはシンジのつぶやきに同調した。
そして、しばらく沈黙が流れた後、アスカはシンジに声を掛ける。

「アンタ、夕食の時からアタシの顔を見て何をニヤニヤしているのよ」
「……アスカが元気になってくれたと思って」
「どういう意味、アタシはこの通りピンピンしているわよ」
「ううん、使徒に飲み込まれてこの世界に来る前のアスカは僕がシンクロ率を上回ってしまってからずっとトゲトゲしていた」
「あれは……シンジに負けたのが悔しくて」
「ミサトさんに褒められて図に乗っていた僕も悪かったんだ。でもエヴァのシンクロ率ってさ、本人の努力って言えるのかなって」
「どういう事よ?」
「思いっきり勉強したわけでも、運動したわけでもない。ただエヴァに慣れて来ただけって事じゃないか」
「でもアタシ達にとってはエヴァに乗る事が全てだったじゃない」
「うん、だからこの世界に飛ばされた時、怖かったんだ。僕もアスカも生きる目的を失ってしまうんじゃないかって」

シンジの言葉にアスカは沈黙した。
今まで辺りの環境の変化に驚く事ばかりで気が付かなかったが、それはあり得る事だったのだ。

「それでも僕にも遊撃士になるって目標が見つかって、アスカも遊撃士になるって言ってくれた時、嬉しかったんだ」
「シンジはわざとアタシを挑発する様な言い方をしたのね」

アスカは少しふてくされた顔になって答えた。

「だからもう自分の人生はエヴァに乗る事しかないなんて言わないでよ。シンクロ率が高くなったからって、僕の事を嫌いになったりなんかしないでよ。僕だって好きでエヴァに乗っていたわけじゃないんだからさ……」
「バ、バカっ、何を泣いているのよ! アタシはもうシンクロ率なんかでアンタを嫌うような心の狭い人間じゃないんだからね!」
「よかった……」

シンジはアスカの言葉にホッとしたように泣き笑いのような顔になり、手で涙をふいていた。
アスカはシンジにハンカチを差し出す。

「手なんかじゃ無くて、ハンカチでしっかり涙をふきなさいよ。アタシがシンジを泣かせたと思われるじゃない」
「ご、ごめん……」

シンジはアスカのハンカチで涙をふき終えた後、少し照れ臭そうにアスカに話しかける。

「それとさ、ミサトさんの所ではまだ成りきれなかったけど、僕達はここで家族になれるかな?」
「そうね……あんなに頼もしいパパも居るし、エステルとヨシュアも居るんだからきっと平気よ」
「じゃあ、ここで握手をしない?」
「何で握手するなんて言い出すのよ」
「僕とアスカが……遊撃士のライバルになるのと家族になるための握手。……ダメかな?」
「別にいいわよ」

アスカが差し出した手をシンジは嬉しそうに握り、握手を交わした。
少しすねたような表情になってはいるが、アスカのシンジを見つめる瞳からは憎しみの感情が完全に消えていたのを見て、シンジは心の底から喜んだ。

「寒くなって来たわね、家の中に戻るわよ」
「うん」

アスカとシンジは家の中へと入って行った。
その会話を庭の樹の陰で聞いていたカシウスは嬉しそうに微笑んだ。
部屋で仕事をすると言ったカシウスは自分の窓から脱出して、アスカとシンジの話を盗み聞きしていたのだ。

「窓から出る時は楽なんだが、入る時が一苦労なんだよな」

壁際に来たカシウスは自分の武器である棒術用の棒を使って上手く自分の体を持ち上げ、自分の部屋へと戻った。
そして自分の机の椅子へと腰を下ろした直後にエステルが部屋に入って来る。
どうやら危機一髪間に合ったようだ。


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